鈴尾城跡(福原城跡)

鈴尾城は福原城とも呼ばれ、毛利氏重臣の福原氏の城跡です。14世紀末に毛利元春の5男広世がこの地に入り福原姓を称したと伝えられています。吉田盆地の南を画す丘陵から北西に突き出した尾根の先端に位置します。山道もよく整備されており、軽いハイキングに最適です。城跡の東約300mの山麓にある菩提寺楞厳寺跡には、福原氏墓所(市史跡)があります。

毛利元就の誕生伝説地として県指定史跡となっています。8代広俊の娘が毛利弘元に嫁ぎ元就を産んだ(1497年)ことから、鈴尾城が元就誕生の地との伝説がありますが、当時の女性が実家で出産する習慣があったのかは不明です。

【登城ガイド】
標高/310m
比高/100m
史跡指定/広島県指定史跡
城主/福原氏
所要時間/麓から山頂まで約15分

鈴尾城跡ペイント

 

※鈴尾城跡(福原城跡)・福原広俊墓地図ダウンロード

 

「所在地」安芸高田市吉田町福原

「駐車場」あり(無料)

「アクセス」広島市内より国道54号線にて約1時間

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  • 戦国大名毛利氏のあり方を示す上で、貴重な史跡。山全体を城郭化した山城で、本丸跡など数多くの遺構が残っています。平成18年には日本百名城にも選ばれました。

  • 全長約77.5m(県は第2位の大きさ)で、多くの埴輪が見つかったことでも注目を集めています。4世紀後半につくられたもので、この時期としては安芸地方最大の前方後円墳です。

  • 郡山城の北西4㎞にある山城で、元就が4歳の時父母と一緒に移り、27歳までの青少年時代を過ごしました。元就の長男隆元もここで生まれています。

  • 元就の娘が宍戸隆家に嫁ぎ、毛利氏と姻戚関係になった宍戸氏の本拠城です。尾崎丸にある宍戸司箭神社は貫心流剣法、司箭流薙刀の祖・宍戸家俊を祀っています。

  • 毛利氏家臣福原氏の居城跡で、別名福原城とも呼ばれています。福原広俊の娘を母にもつ元就はこの地で生まれたという説があり、毛利元就誕生の碑が建てられています。

  • 元就の長男、隆元は出雲遠征の途上、この地で謎の死を遂げました。後世、地元住民が石碑を建て、隆元の墓として香華を手向けています。

  • 安芸高田市北部から島根県石見地方にまたがる広大な領域を支配した高橋氏の居城。1530年(享禄3)毛利氏と和智氏が攻め落とし、その後高橋氏は滅亡しました。

  • 永禄9年(1566)年、尼子氏は月山富田城を開城して毛利氏に降伏しました。尼子義久、倫久、秀久三兄弟は、長田の円明寺に幽閉されて23年間もこの地で過ごしたと伝えられています。

  • 1540年(天文9)9月に始まった郡山合戦は、翌年1月13日最後の一大決戦を迎え尼子軍は総崩れとなって敗走、当主尼子詮久の大叔父尼子久幸は討ち死にし、山中に葬られました。

  • 1540年(天文9)9月26日、尼子軍と毛利軍との合戦があり、毛利軍が勝利しました。尼子方の湯原弥二朗が自刃したという“腹切岩”があり、石碑が建っています。

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